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花だより

六月(夫と妻が使う家紋は違う?)

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 家紋には男紋と女紋といったような区別ができます。家紋の発祥以来、まず作られたのは男紋です。これに対し、女紋がはっきりした形で出てくるのは江戸時代になってからのことのようです。簡単に言うと男紋とは、代々家督を継ぐ者が継承していく家紋であり、女紋とは、母から娘へと受け継いでいく家紋であるといったところでしょうか。

各地によって男紋・女紋の扱われ方は違うようですが、福井県では二例のように娘を嫁がせるときには、実家の家紋を付けていくのが一般のようです。


satake


江戸時代、現在の愛媛県宇和島は、仙台藩の伊達家の分家が治めていた城下町でした。安政三年(1856)、その九代藩主・伊達宗徳に奥州秋田の佐竹家の佳姫(よしひめ)が嫁いできました。
その嫁人り道具(約七十種類が現存)を見ると、ことごとくに佐竹家の定紋「佐竹扇」紋がついています。佳姫は実家の紋(父の紋)を持って伊達家に嫁いだのです。



2007.6.3-2


 徳川家治(十代将軍)の御台所・五十宮倫子(いそのみやともこ)は閑院宮直仁(かんいんのみやなおひと)親王の姫君で、十七歳で結婚して後も、実家の紋である「閑院宮家(浮線菊)」を使い続けていたようです。

夫と妻が使う家紋は違うということです。また実は、嫁いできたお婆ちゃんの家紋も違うのです。一家に三つの違う家紋が存在することになるのです。



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発行者:和ふくの花衣山

和(わ)の羽衣(ころも)を身にまとうことで、世の中の、
一人でも多くの方の心が和(なごみ)ますように!

感謝 はなちゃんより
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